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almost_blue’s diary

私について

タクシー

20時を過ぎて仕事の勤怠票をコンビニでFAXをする為に家を出た。2月の最終日、まだ随分冷える。家から一番近いコンビニはFamily Martで駐車場が付いてるタイプ。その駐車場の脇の柵に毛並みの綺麗な柴犬が主人を待っている。僕が好感の視線をやると見向きもしない。大体、僕が好感をもつタイプの犬や猫は全くと言っていいほど僕に興味がない。FAXを送信中の時間潰しにタッチパネルに間違い探しが表示される。僕はもう何度ともなく、それの問いと答えを月末になれば見ているし毎回同じ間違い探しが3つ、同じ時間で締めきられ何の楽しい音も鳴らず、直ぐさま回答が表示される。そして次の間違い探し。こんな事を言うとワガママだと取られるかもしれないけど「良かれ」と思ってやり始めた事って、大抵咄嗟の思いつきで浅はかなんだよね。だからさ、そういう種類の簡単さって何か見てると切なくなってくるんだよね。何が可哀想ってこのFAXの待ち時間に適当だと烙印を押された間違い探し達。まぁ、いっか。僕は少しつまらない事に熱くなりすぎる。誰も賛同しないし、改善を僕自身望んでるわけでもない。

それから店内を一周しておつかいを頼まれたタバコと一緒に買う為の何かを探した。何となく、タバコだけを買う為にレジに手ぶらで行くのが嫌なんだ。もう少し細かく言うならば、店員が私に対して接客に向かおうとする時、こいつ手ぶらだけど何のつもりなんだ?と一瞬、怪訝の態度を取られるのが嫌なの。ほんと数秒の話なんだけど、それが嫌なの。コンビニでタバコは序でに買う物であって、手ぶらでレジに向かうのは基本的にかなり奇妙な事だと僕は思う。それで、結局飲み物と一緒に買って店内を出た。

元来た道を辿り帰っていたらあと少しで家という所の坂道にタクシーが止まっていた。運転手はルームライトを点け、ナビと手元の表を照らし合わせて目を細めて困った顔をしていた。すれ違いながら僕はとても羨ましかった。タクシードライバー達の世界って何となく僕らが感じる生き辛さとは無縁の位置にある気がするんだよね。あれくらい、すごくシンプルな生き方が出来ればいいのにって心底思うよ。あれくらいの諦観とゆとりと孤独が欲しいね、僕は。誰でもいいから、普通のタクシードライバーの日常がどんなものか映像に収めてくれないかなぁ。きっと素敵なんだよ。静かに夜を讃えているのは間違いなくタクシーなんだ。

ライ麦畑でつかまえて

2月26日12時50分

Catcher in the Rye読了。

 

素敵な作品だった。もっと早くに読んでおくべきだった。だってホールデンは僕によく似た男の子だったから。

彼にフィービーがいて本当に良かったと思う。僕には誰もいなかったから随分おろかなことをした。思い留まるきっかけすらなく、ズブズブにどうしようもない道に無意識に進んでいった。彼の世界の写り方はとても普通だよ。吐き気がしたり、うんざりしたり、めげたりする事はそんなしょっちゅうはないけど、大方同じ耐えられないものを感じて生きてるんだ。だから、死体には墓石もいらないし川にでも流してくれればいい、社会と隔離された森に小屋を建てて暮らしたいって気持ちはよく分かる。不貞腐れたり斜に構えていると捉われてしまうのは、ある程度仕方がないよ。頭が良いとか悪いとかじゃなくて、彼らは「慣れる」事の天才なんだ。僕は一々ひっかかる。君たちは「世界とわたくし」という意識がないのだろうか。もしあったならそんな易々と色んなことを受け入れていく事は出来ないはずだ。だって、僕はこんなちっぽけな自分を保つだけで精一杯でいつも危機感を抱いてる。出来るだけ色んな手付かずを残しておかないとまだ人生は3分の1だ。おかしな事にならないようにしなくっちゃ。

集中力が散漫になっている。それはよく分かる。読書も30分以上は続かない。ページにしても一度に40ページも読めない。絵を描いても続かない。ダメだなぁって思っちゃって、今度はギターを触ってみる。こっちもダメ。また絵を描いてみたり、本読んでみたり。あ、映画も観るね。でも全部楽しくないんだよね、あんまり。結局ラクな姿勢でずっとスマホいじってる。いや読書や絵を描いたり映画観たりするのは少し楽しい。ギターが全然だめ。自分と嫌でも向き合わないといけないから。他は現実逃避で済むのに。

何が好きで嫌いだったろう。

何が楽しくて夢中ってどんなだったろう。

何かになりたい。私になりたい。

承認欲求ではない

全部自分に向けて欲求である

私は私になれればそれでいいし

夢中になれるものが見つかれば

暇も時間も繁華街もお金も他人も敵ではないのだから

 

 

AtoZ(E・F)

E・・・映画館

最近はめっきり映画「館」に行く事がなくなった。理由の大部分は私の性格による。出不精、同じ空間に複数人の他者といる事が苦痛、私の後ろに席があるだけで視線が痛い。後、単純に大人料金高い。ね、大部分が私の性格によるものでしょ?

F・・・普通

普通って個々人の水準があるから、世間一般的なんて言葉を持ち出されたらカチンとくる人いますよね。私の手相にこんな線がある。KY線。生命線と頭脳線?が約1センチ離れてる。自分がKYだと思ったことはないけれど、他人とのズレはすごく感じる。それに気づいてからは余り出しゃばらず、はしゃがず空気を読破しまくる事に全精力を注ぎまして今ではかなり他者とのコミュニケーションに支障をきたしています。

・私の変なところ(ズレ)

・面と向かって話す時、目を見つめすぎて目玉が意志を持ってその肉体を操り声を発しているんだという錯覚に陥る、たまに目玉で酔う。

・意味のないところで可笑しくなる。

・やってはいけないバイオレンスな妄想が突然頭をついて離れない。例:喫茶店で水を顔面にぶっかける。電車で座っているハゲ頭のおっさんをみつけたら頭を叩きたくなる。公園で子供をみつけたら弱冠24歳、私いちおしのマニアックなAVをそっと公園の目立つ場所に置いて純真無垢な子供の精神衛生を粉々にしたくなる。

・春になるとおかしな行動をしでかす

例:蒸発、上京(3回)

・男も女も関係なく、どちらも愛しているが生物的に女性を崇拝している

・横断歩道を渡る時はレッドカーペットを歩かされてる気分になってずっと下を向いている

・清潔なトイレが大好き。トイレ飯は惨めで一番素晴らしい。食事の全てを清潔なトイレでとりたい

・基本的に食事をしている所を誰にも見られたくない。自分が欲を満たしている所を晒すなんてヤバすぎる。

 

 

 

 

 

言葉を尽くしてようやく伝わったものは

彼が当初彼女に伝えたかった思いとは少し違ってしまっている。だけど彼女はようやく心に沁みたみたいで彼をそんな目で見つめてキスなんかしちゃう。彼さえも最後はムードに全部持っていかれて気づいていない。こうして男と女は常に掛け違いを繰り返します。星がよく見える丘では勿論街の夜景も見えて迷子の子犬は心細いから余計か細い声で吠えてみるのですが、街を囲う様に救急車とパトカーがサイレン鳴らして走り回っているので彼の声は誰にも届きません。丘の芝は気持ちがいい匂いがする。隣に君がいればなぁ、僕はここでずっといてもいい。こんな虚しい場所でだよ!?

君がいればいい。君が……

 

回り込んでくる外車のヘッドライトが嫌に眩しい。それを背に地下に入っていく紳士。それは螺旋階段になっていて、殆ど出来そこないの蟻の巣みたいにどこにも繋がらず、一番下まで降りていくと折り返してまた登っていきます。

距離的には殆ど動いていないのに折り返した先は誰かのコテージの中に繋がっていた

コテージからは一歩も外には出られない様になっていた窓ははめ殺し、勝手口のドアノブはノブがバカになっていて幾らでも回り出す。

このコテージはどうやら断崖絶壁に立ってるみたい。下は海だ。辺りをカモメが飛んでいるし風がやけに強い。何より窓の景色がそう言っている。コテージ内にはランタン、猟銃、書棚、クローゼット、シングルベッド、シンクがある。しばらく待っていたが誰も来なかった。又、引き返して螺旋階段を降りる事にした。一番下まで降りてる最中に別の地下入り口から降りてくる男に話しかけられた。「そこはどこに繋がってましたか?」「○○○○○○○」

「私は忘れていないから大丈夫だと思います。これがラストチャンスなのでヘマはしないようにしたいと思います」

「さようなら」

「さようなら」

 

私は、私が折り返した地点よりもどんどん下に降りていく蟻君を見下ろしながら自分の折り返し地点を目指したのだった

 

 

 

 

ヨゴレ

東京には何か落ちてた?

分からない

私が居たのは東京だったけど

毎日見ていた景色は全部悪夢のように全体がぼやけてた

 

冬で風が途方もなく冷たくて

夜勤の仕事をしていた僕は21時くらいに自転車を漕ぎながら傘をさして駅に向かった

誰も歩いてはいなかったし時間ばかりが凄まじいスピードで進んだ

だから僕も何も考えずに仕事をした

だから煙草を吸うしかなくなった

 

東京には何があった?

知らない 

誰とも出会わなかった 一度も挑まなかったから

あそこは例えば大人のふりした子供が小銭と浅知恵で半年は暮らせるとこだよ

 

もういいの?

 

もういい

今はここでいい。誰もいないならどこで暮らしても同じ

だったら馴染みのある場所の方がいい

 

僕はずっと勘違いしていた

大人になる為に必要な事は全部もう習い終えていた

でもそれだけじゃつまらないし

というかそんな事一ミリも必要ない

別の何か素晴らしいミラクルみたいな神がかりみたいなウルトラCみたいな魔法みたいな、そんな事が使えるんじゃないかってずっと思ってた

ある時急に

そんな風に

皆んな馬鹿ばっか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AtoZ(C〜DD)

C・・・チャンス

実感としてのチャンスは信じますが、人から言われた途端にそれはピンチなんですよね。それくらい人を信用してないです、私。だって皆んな何となく計算してますよね、人から言われるまでもなく。自分の今までの人生年表があって、その時々で浮き沈みを経験して今いる地点がどういう場所でどういう時期かってのは馬鹿じゃない限り何となく分かるんですよやるべき事、またやるべきでない事が。だから、人から助言される時って自分に隙がある危険な時だと思いますね。そもそも、人生にチャンスなんてないかなぁ。あるのは良いタイミングと悪いタイミングだけ。

 

D・・・溝(ドブ)

子供の頃はよく使われていない溝に入って遊んだ。溝に入れるくらいの背丈だから小学校の低学年だったと思うけど、それは今でもよく覚えていて。何故かと言うと人々が歩いている地面の数十センチ下の暗い空間から彼らを見上げるというのは何だかとても奇妙でスリリングな感じがしたから。今考えると相当暇だったんだなぁと感じずにはいられないけど。ちょっと発想が中国人っぽいよね。やり場のないフラストレーションを狭いところに入って発散するという点では。

 

D・・・DV(ドメスティックバイオレンス)

DVについての原因や治し方についてはネットで幾らでも調べられる事なのでその辺りについては言及しない。私がDVについて言いたいのは、DVを受け入れてしまっている人達。同じひとつ屋根の下で暮らすというのは素敵な事だけれどそれぞれが今まで当たり前としてきた事を一緒に共有しないといけない。だから家庭に秩序やルールはいらないけれど思いやりと遠慮はいる。相手は愛する人であれ他人である。だから絶対に偏ったイニシアチブだとかヒエラルキーはあってはいけない。そういう間違った関係性はまた次の間違った関係性を生む要因になる。さっさと別れた方がいい。愛は近づき過ぎれば身体に毒だと気づいた方がいい。